story15.........




何もかもが考えずにすんでいたんだ。
答えの出ない何もかもを忘れていられたから、どこまでもこの小さなタイヤの転がる音を響かせていた。

邪魔なものはなくて、どこまでも、どこまでも響かせる。

でもさ、もし、そんな日々がなくなるのなら?







きっとその日は革命の日。








夜空の中に、小さな響きが混じり始めて1時間弱が経過していた。
次第に響きは弱くなり、壁の1メートル手前で音を発していたものは止まる。
ボードから足を降ろし、のんびりとその場に座って壁によりかかった。

時計を見ると、とうに午前1時を過ぎていた。零時には必ず現れていたあいつが来ない。


まだ鮮明に頭に残っている、あの姿。
泣いて泣いて泣いて、ひたすら泣いていた。




解せない。
最後のあれは、何故泣いていた………?

俺は馬鹿なんかではないと言い返してやりたい。
あんな風にあいつが言い返してきたのは始めてだった。
頭の中には、あの姿ばかりが鮮明に残る。




体の重心をずらしてさらに深く壁によりかかる。

暗い空を見上げると、星がうっすらと見えた。
アルタイル、デネブ……それにベガ。
目がなれると他の小さな星達も見えてくる。そっと、眺めていた。


そうして星を眺めているうちに睡魔がドッと押し寄せてくる。

寝たくない…そう思うのに欲に勝てず瞼が落ちはじめる。



どうせなら…

出来ることなら、俺をこのまま消してしまって。


いつものように願って、意識は途切れた。








そして夢を見る。


守りたいもの、守り続けるよ。













無邪気に笑い合っていた。


幼い自分。
いまよりも若い母に、それに父が笑い合い。楽しそうに、嬉しそうに。

何よりの至福の時。疑うものなど何も無かった。
父さんが頭を撫でてくれて、母さんはやさしく抱きしめてくれる。

それだけで、他の何にもかなわない。
父さんと母さんは幸せそうに笑い合う。二人一緒に笑い合う。

つられて俺も笑顔になった。



悪夢のように繰り返される。
この二人がなにより大切だった、小さく幼い頃の夢。

こんなに小さな手でも何か出来ると信じていたんだ。
守りたいと思っていた。













……でも、それは簡単に壊れた。
もろくもろく、とても弱いもの。



箱の中に納まった父さん。

黒い服を着て、母さんは泣き続ける。
つられて俺も泣く。
泣いていれば父さんが頭を撫でてきてくれるんじゃないかとも思った。
箱の中の父さんはひたすら動かない。








泣いて。







ひたすら泣いて。






泣いて…………泣くことの無意味を知った。

諦めた。





けれど母さんは変わらず悲しそう。
だから父さんの代わりに母さんに出来ることを考えた。考えて、悩んで、やっと…分かった。


母さんを守ろう。




大切なものを無くした絶望の縁で新たに覚悟した。

そう…守るんだ。
頬を伝う涙をふききって覚悟した。

これからは、父の変わりに……





「こんにちは。」

まもなくして現れた、知らない大人の男性。
泣いてばかりいた母さんは見あたらない。
微笑みながら、その男性の隣で嬉しそうに。

おもわず俺もつられて嬉しくなった……

「こんにちは、ハヤト君。…今日から僕がお父さんです。」


残るのは知らない男性の緊張をした声と嬉しそうな母さんの微笑み。
それに耳を疑っていた自分。





嬉しそうな母さん。
あんなに……

あんなに愛し合っていたはずなのに……

急激に全てが壊れていく。
覚悟は崩れて、埋もれて消えてしまった。


ひたすら愕然として。

信じたくない…
信じられない…





だから、自らそれに終止符を打った。捨ててしまった。
ふいに世界が暗転した。
目がさめる。




朝日が照り、いつものように小鳥が鳴く。
風が肌を撫でていく。

今日もあの夢。
今日も気持ちと共に自分は崩れさってはくれない。
願っても現実では起こってはくれないんだと、嫌になるほど思い知った。


もがく事の無意味。






「…切望するものなんて、すでにないよ。」

自分に聞かせるふうに言った。


邪魔もののいない久しぶりの夜に、小さなタイヤの音はあまり響かなかった。
そのかわりに悪夢のような幸せな夢を見た。
張り出すかのごとく現実を突きつけられる。

目が覚めてからも……あいつが何故泣いたのか解せなかった。
理由は分からない。
今も、あまりわからない。















その日の夜。

そう、その日の夜に一変した。
変な夜だった、あんな夜は二度と………起こるはずがない。


この場所に来る邪魔者は、いなくなる。


今は願うばかり。


















その日の夜に、再びやつはやってきた。
赤パンツに胸にサなんて書いてある服をきた、こりない奴。
信じられなくって目を見張っていたら「……ヒーロー参上?」っと、いつもの言葉を疑問系で言った。
「……何また来てんのさ。」
「俺は更正するまで毎日来るって言ったぜ!」
昨日来なかっただろと言ってやると「昨日はヒーローの定休日」とか言ってきた。

あいつは、何故かいつものサングラスをつけてはいない。
露わになっている目は赤い。
本当にわかりやすい嘘をつく………。


「ともかく!今日はお前とケンカしにきた!!勝負だ。」
「……何それ。……絶対、俺が勝つけど。」
「勝ち負けじゃねえもん、でも俺がもし勝ったら家帰ってな?とりあえず尋常に勝負だぜ!」


あいつの、この言葉で始まった。

変わらない態度。
何度追い返しても変わらないあいつ。


「勝ち負けじゃない勝負って……なんだよそれ、勝負じゃないだろ!」
「勝負は勝負だ!それに、こうしてるのも勝負。」
「はぁ!?」


意味がわからなかった。




「……この間のあれ、凄げぇ悲しくなって、お前の事嫌いと思った。けどな、ハヤトは良い奴だから負けねぇ!」
「わけわかんないけどさ、嫌いと思ったんなら来るなよ!帰れ!それに良いやつ?あんたに良くした覚えは一回もないし。」

「What!?マジで一回もねえの、ひでぇ!でもハヤトは絶対良いやつ!」
「俺のどこが良いやつなんだよ。言ってみなよ。」
「良いやつは、良いやつ!」

「言えてないし。」
「な、なにがなんでも良いやつなんだぜ!」


早くも、すでに涙目。なにも変わらない。

いつもと同じように、泣き去るんだろう?
さっさと去れば良い。


「何でも良いからさっさと俺の前から消えてよ。邪魔、お邪魔虫。あんたがいるとっ…。」

「っ、あんたじゃなくてサイバー!いい加減覚えろよなぁぁぁ!!!」


変わらない。
どんなに言ってしまっても、こいつは変わらない。


なんで………







…何故!?









「…………なんで変わらないんだよ!」
「へ!?………そんなの、俺様の勝手だぜ!」
「それじゃあ、……わかんないだろ!」


「そんなの、…それでも良いじゃんか!!」


こいつはわからない事ばかり。
俺にはわからない理屈をごねて、理解に苦しむ。わからない、こいつがわからない。
嫌いだったあいつは言った。『わからなくても良い。』
わからなくても良い…………それでも、良い?
そんなの……

「……ありなわけ!?」
「お、おう!!」


その言葉に、こいつ以外の全ての色が消えうせた。

わからなくなる。

思い浮かべるものは沢山あった。
どれもこれもモノクロのまま。
心の奥に留めていたドロドロとしたものが
体からパラパラと何かが取れていく。

その代わりに、熱い熱いものが噴き出してきた。
幼い頃に無意味と知って、しまい込んだもの。







ポロリとこぼれた。







「……ハヤトが泣いた。」

デリカシーのない一言で気がついた。

頬に異物を感じて、おもむろに頬をさわる。
さわった指先がが濡れた。

どんなことがあろうと、出る事のなかったものがここにはあった。
簡単に、辛くもない、たったただの言い合いの中で。たった一言で出てきてしまった。


まさか…


そんなはずがない……





「……っ!泣いてない!」




「っなんだよそれ…。」


苦笑しながら言われた。
あいつは目じりに涙を残して、それでも笑っている。

頬が熱くなった。目尻がやけに熱していて、またポロポロとこぼれていく。


俺は…



俺は……こんな顔して笑う奴は知らない。





「泣きながら笑うなよなぁぁぁ!!!何だよあんた。馬鹿じゃないの!?」
「知らねえよ!勝手に涙出てきて、そんで笑いたくなったんだぜ!!!ってかお前も泣いてんじゃん!!」
「泣いてない!」
「泣いてる。」
「違う!」
「じゃあ何だよ!What it is?!」
「……雨だよ!!」

「降ってねぇし……。」
「俺の中では降ってるんだ!!大雨だ!!」



考えるよりも言葉が先に出た。
あいつにつられていく。どうしようもない言い訳。



なんだか、どうでも良くなった。
理解しがたいことを言う馬鹿なこいつ。
今まで馬鹿みたいに真面目に考えていた自分。
それが、どうでもいいものに感じた。

腹立ちもない、戸惑いもすでにない。

ただ、この流れ出るものが止まって欲しい。
なのに止まらないでいる。

頬を伝っているものをこいつに見せたくなくって、こいつにしがみついた。

暖かい、……今まで無意識に感じていた暖かいものをこいつから鮮明に感じ始めた。
さらに奥底から漏れ出したものは溢れていく。

声に出して泣いた。





邪魔だったこいつは。

泣きながらも俺に向かってきたこいつは。



俺が隠していたものを見つけてしまった。





きっと、その日は革命の日。










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20050110  加筆修正20060927